2013年03月15日

私的備忘録、楽しくはないお話。

 うーん、どう書いたものやらと書いては消し書いては消ししてるんですが。
 とりあえず今回の日記は備忘録であり愚痴っつーかボヤキっつーかなんだかなー、な感じです。
 楽しいもんじゃありません。
 しょんぼりネタです、しょんぼりしたく無い方はブラウザを閉じるなり戻るなり。
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 僕は毎年12月の終わり近く、帰省ラッシュの始まる前に帰省していたのですが去年はその直前に母が緊急入院しまして。
 緊急っつっても母の入退院はずっっっと昔からのことなので「あーまたかー」なんて感じで。
 んじゃ帰省は退院後にでもしようか、4週間後予定?!
 結構掛かんのねー、んじゃ新年明けてからだねー、て。
 
 ただ、虫の報せってか結局僕の方もなんか覚悟があったんでしょうね。
 なんか落ち着かなかったんで1泊のとんぼ返りですがすぐ帰省することにしました。
 12月26日、もたもたしてるとヲタは忙しくなるタイミングです。
 
 この帰省は突発的なものだったのでサプライズにしようと思ってたのに父があっさり連絡してしまってたので失敗。
 病室の母は顔色は当然悪いですがいつも通り程度には元気そうにみえました。
 そしてそこでベッドが空き次第、緩和ケア病棟へ移る、と先生から説明を受けました。
 
 末期もいいところの癌です。
 20年以上前から覚悟はしてましたけどね。
 10年ほど前からは「なんか医学の進歩にチョ〜救われてるっぽい」からこのまま案外ご長寿までいけんじゃね? とか思ったり。
 さすがにンなわきゃなかったワケです。
 
 その日、実家への帰路、車中、父が「4月までは保たんかもしれん」と。
 ここまで頑張ってくれたんだから4月まで踏ん張って欲しいね。
 4月んなれば兄の子供たち(男女の双子)の小学校入学です。
 
 これ書いてる今は3月半ばなんですけど。
 んで体感上2月はあっと言う間だったんですけど。
 でもやっぱり遠いですね、4月。
 1月から始まった1クールアニメがまだ終わってもいないよ。
 
 1月30日、朝になっても目覚めない、昏睡状態だと連絡。
 急ぎ帰省、暗くなる前に病院へ到着。
 甥っ子姪っ子にトテトテと案内されて病室へ、ええ子や。
 
 なんか呼吸も安定してるしフツーに眠ってる様にしか見えないのな。
 宿泊部屋を用意してもらい今夜はここで泊まり。
 深夜、急変。

 苦痛は一切感じていないのだそうな。
 さすが緩和ケア病棟。
 
 日付変わって1/31。深夜。
 そのまま昏睡から覚めることは無く。
 結局、母と話したのは昨年末のトンボ返り帰省の時が最後になりました。
 
 夜が明けたその日は冬の北陸では少ないバカみたいに澄んだ青空でした。
 
 それからはバタバタと葬儀の準備です、ホント大忙しでバタバタと。
 悲しみに浸る暇もないほどって感じなんですが、これは逆なんでしょうね。
 必要以上に悲しみに沈むことのない様に葬儀(の準備)ってのがあんだなー、なんて思ったり。
 
 なわけで次の日曜を49日ってことにしたのでまた帰省です。
 多分さー、甥っ子姪っ子がランドセル装備してんだよ。
 このちっちゃい生き物共、おっちゃんたちを本気で泣かしに来やがったゼ! なんて塩梅でなー。
 基本、年に一回しか現れないおっちゃんをこの子らはいつまで構ってくれるかなーっ!
 
 ふ、と。
 この時期、賑わう街中を見て。
 母の日ギフトを買うことはもう無いんだな、と気づいた。
 
 
 
 
「あら何言ってんの、あんた結婚したらお嫁さんのお母さんにあげられるじゃない」
 やかましいですよ、脳内母上様。
posted by KURO at 01:45 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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